聖カテドラルの思い出

新聞でジャック・デリダの死去を知ったとき、豊崎光一先生の告別式に参列したときの記憶が鮮烈によみがえった。
豊崎先生との出会いは、大学1年のとき。
フランス語の語学の指導教授として出会った。
当時は、東洋思想にすっかりはまっていたし、まさか専門課程でフランス文学や哲学を専攻するとは思っていなかったので、繊細な、どちらかというと神経質そうな雰囲気がいかにもフランス文学的だなぁ・・・という印象だった。
大学1、2年時のフランス語は、辻邦生先生、篠沢秀夫先生、そして豊崎先生のクラスだった。なんという贅沢!といっても、そのことに気付いたのは、専門課程に入ってから。当時は、フランス語なんて、まったく興味なかったのだから・・・。
大学2年が終わる頃、ある友人が私にポール・ヴァレリーを薦めてくれた。その友人は、その後も次から次に、フランスの作家や哲学者の本を推薦してくれた。ボードレールやマラルメ、そしてデリダ、ドゥルーズ、ブランショ、フーコーなど。
薄暗い大学の図書館で、そして自宅の部屋で、それらの本を広げて、永遠にこういう時間が続くと思っていた。
東洋思想から一転してヴァレリー研究をすることに決めた私は、4年生のゼミで仏文科の豊崎先生のゼミを選んだ。哲学科よりは仏文科に近いものばかり読みふけっていた私にとって、豊崎先生のゼミに参加させてもらえたことは、とてもうれしく、もっとも力をいれる予定だった。
しかし、すでに体調を崩していた豊崎先生のゼミに参加できたのは、わずか数回。
休講が続いたあとの訃報・・・。
目白の聖カテドラル大聖堂での告別式では、泣きっぱなしだった。
このときの悔しさをなんと説明すればいいのか、こうやって書き始めた今でも分からない・・・
記憶の中の目白は、満開の桜より、曇った空の下、散り始めた桜が似合う場所だった。