変わる故郷

全国で、平成の大合併が進んでいる。
いままでメディアを通じて知っていた町村合併について、特になにかを感じたことはなかったが、この2月1日に私の出身地が町村合併で統合されることで、やっと自分のこととして考えはじめることができたような気がする。
この2月1日に私の出身地「広島県沼隈郡沼隈町」が「広島県福山市沼隈町」となる。
大学で東京に出てきて、すでに20年近くたっている私には、この合併の検討が始まった数年前には、周囲の人の反対意見を多く聞いていた。合併の必要性はないと、私自身思っていたので、その話についての情報のアップデートはしていなかった。
もちろん、その後の進捗状況の情報はローカルメディアでは報じられていたんだと思うが、昨年末に事実を聞くまで、ほとんど知らなかったという有様。
このケースの場合、地元にいる人たちの感覚としては、住んでいるところを変えなきゃいけないわけじゃないし、生活に不便が生じるわけではないし、ということで、案外無関心な人も多いのかもしれない。
地元から離れている私はどう感じたかといえば、なんだか感傷的な気分。
沼隈郡沼隈町だからできたことってなんだったんだろう・・・なんて考えてしまった。
沼隈町が成立して、祖父が初代の町長だったということもあり、この町でどういうことがあったのかという話は、比較的よく聞いていたような気がする。
そして、祖父の音頭のもと、多くのブラジル移民がここから出て行っているということも。彼らにとっての故郷は当時のままだし、この情報さえ届いていないかもしれない。
年が明けて大学時代の旧友と会ったときに、友人の実家の郡も市町村合併でなくなるときかされた。
大学の学生名簿の中で「郡」出身がほとんどいなかったので仲良くなった(?)私たちだ。しかも彼の故郷は、三重県の伊勢神宮のお膝元。「御薗郡」という歴史ある美しい名前の郡も消えるのか、というのはショックだった。
市町村合併については、そこで暮らしている人にとっては、生活の基盤であり、税金のこととか、その他の政策のこととか、リアルで合理的に判断するものだと思う。
一方で、しかしそこから離れてしまっている人にとっては、美しい思い出の場所という感情的な問題でしかないのだ。
この埋めようのない大きなギャップ・・・。
まだ地元で暮らしていた高校生の頃、どんどん開発が進む地元をみて、「文化的」な町になる、という感覚を持っていた私。ところが、大学に入ってから、いざ帰郷する立場になると、それは計画性の乏しい乱開発以外のなんでもなかった・・・。
中からでは見えないこと。中にいながら外からの視点を持つこと。
市町村合併だけでなく、会社経営、あるいは発展させて国際政治についても、視点の多様性を保つということは大変な努力が必要だ。
そして、そこには、つねに人の「感情」の問題が付いてくる。
経営者、そして政治家には、このバランス感覚が必要だと、改めて思った。

変わる故郷」への5件のフィードバック

  1. That is the precise blog for anybody who wants to seek out out about this topic. You understand a lot its nearly hard to argue with you (not that I truly would need…HaHa). You positively put a brand new spin on a subject thats been written about for years. Nice stuff, just nice!

  2. I just want to say I’m very new to blogging and honestly enjoyed you’re web site. Most likely I’m planning to bookmark your blog post . You actually come with exceptional article content. Thanks for revealing your blog.

  3. 市町村合併の身近な弊害

     市町村合併でひらかなの自治体名が増えているそうです。
     数年前、大宮市、与野市、浦和市が合併して、さいたま市が誕生しました。新しい市の誕生により、私が最初に感じた不便は道路標識でした。
     それまでは国道を走っていると「↑大宮 →浦和」と表記されて…

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です