祖父の三十三回

祖父の三十三回忌、それから曽祖父の五十回忌ということで、久しぶりに広島に帰省しました。
前日のお逮夜には親族が、法要には関係者の方々も集まっていただきました。
京都や滋賀、鎌倉からも祖父が懇意にさせていただいていた僧籍の方々にも遠路おいでいただき、にぎやかな会となりました。
祖父の同級生でもあるご住職は、93歳。33年ってほんとうに長いです。


昨年、祖父のことを思い出して「蝶に教わる」というエントリーを書きました。
今でも私の自宅のデスクの前には遺影にもなったお茶を点ててる祖父の写真が飾ってありますし、祖父の形見として祖母から譲り受けた弥勒菩薩像も我が家にあります。
ほんとうに、祖父について思い返すことが増えているのは不思議です・・・。
私の祖父は、父にとって父。
祖母にとっては夫。
母にとっては義父。
亡くなった大叔母にとっては、弟・・・
祖父と一言で言っても、その人の人生は、いろんな人から見た、いろんな関係性のなかで、成り立っていたんだと改めて感じました。
昨年40歳を迎えたせいか、なにかを考えるときに、それが「未来」につながっているか、ということを考えるようになりました。
私自身の「生」は、過去から未来に続く、ほんの一瞬のことでしかないかもしれません。そこで、悩み、喜び、苦しみ、幸せを感じ・・・。一生懸命、この「生」を全うすること。そして、確実に「未来」につなげていくこと。
さまざまな感情、人間関係についても同じだと思います。
いま、私が判断しようとしていることは、「未来」への橋渡しの小さな瞬間、でも、かけがえのない瞬間である自己の責任を果たしているかどうか。
そんなことが気になるのも、人生の折り返し地点を迎えた、そして、いまからあと40年以上の生をどう生きるか、考え始めたからかもしれません。
故人を偲ぶというのは、自分の「生」を見つめることなんですね。
追記
このブログを読んでくれていると大叔父に言われて困りました(笑)
離れても見守ってくれている人たちがいるっていうことに改めて気づいて、胸が熱くなりました。これからも、よろしくお願いいたします。

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