神原ウルグアイ造船所のはなし

明日からウルグアイのバスケス大統領が来日します。
先日もニュースでバスケス大統領が、同じ飛行機に乗っていた急患を助けたニュースが流れていましたしムヒカ元大統領も、世界一貧しい大統領として、10月11日放送の「Mr.サンデー」でも取り上げられていました。
実は「Mr.サンデー」の中で、ムヒカ元大統領が日本人とのエピソードで紹介されていた造船所、これが常石グループが当時ウルグアイでやっていた「神原ウルグアイ造船所」なのです。


1956年の沼隈町からのパラグアイへの移民。その後、1970年代にウルグアイのモンテビデオで農地を獲得して、農業と牧畜にチャレンジ。
1980年代は、念願のパラグアイで「神原パラグアイ」を設立して河川輸送にチャレンジ。そして、1982年にウルグアイに「神原ウルグアイ造船所」を開設。
ムヒカ元大統領は、当時その工場で働いていた社員家族たちと交流があり、日本人の勤勉さ、努力を学んだと、テレビで紹介いただきました。
この造船所では、河川用のバージやフェリーなどを建造しましたが、南米経済の悪化と日本での造船不況のために撤退することになりますが、その当時、30代で神原ウルグアイ造船所の立ち上げをしたメンバーが、フィリピンの造船所の立ち上げの中心メンバーとなって、常石造船の今日の発展に大きく貢献しています。
ご存知のとおり、当時からのウルグアイでの農業や牧畜の事業は、現在、弟が担当し、「弥勒米」という日本米がブラジルでの人気のブランドに育てあげました。そして、パラグアイでは、2008年に再び進出して、造船事業に取り組んでいます。
バスケス大統領の来日で、ウルグアイと常石グループの歴史をちょっと振り返ってみました。

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