私の知らない世界を生きる息子へ

6歳から11年間、親元を離れて米国で過ごした津田梅子について、異文化でのマネジメントに関しての視点から、触れられている御立さんのコラムを見つけたのでご紹介します。
・未来のリーダーを新興国に派遣しよう〜津田梅子は6歳で米国にわたった(from 日経ビジネスオンライン 2008.10.03)

・21世紀のシュリーマンと津田梅子を育てよう!〜中国・インドとの双方向の異文化理解がカギ(from 日経ビジネスオンライン 2008.12.05)


私の息子は7年前からスイスのボーディングスクールで勉強をしています。
早い時期のボーディングスクールでの勉強を決めたのは、会社経営をしながらの育児に自信をなくしていたというのも理由のひとつ。
仕事で疲れて帰ってきて、子どものことで夫婦喧嘩の繰り返し。仕事もハードで、とても子どもや家庭と向き合う余裕がありませんでした。
そんなとき、弟がボーディングスクールに子どもを入れることを決め、そこに便乗させてもらったわけです。
今思えば、私にとっても、息子にとっても、大変な転機でした。
最初はお互い辛かったです。
でも、同じ歳のお子さんが、世界中から集まっている。みんな寂しさを乗り越えて、新しい環境に適用しようとがんばっている。その事実が大きな支えになりました。
英語ができる年上の従兄弟たちにも支えられたと同時に。言葉が通じない中、スポーツと音楽は、共通言語だということも実感しました。
実は、一番辛かったのは、周囲からの反応でした。
一人息子を海外に出したことに対して、母親として失格といったレッテルを貼られたような気がして、留学していることもあまり人に伝えないようにしていた時期もありました。
そんなときに偶然、聞いた御立さんの津田梅子のお話に、とても勇気づけられました。
梅子のような未来に大きく貢献できる人物になってくれればうれしい。ほんとうに、そんな思いで寂しさやいろんな感情と向き合ってきました。
なによりも、当時と比べれば、メールもSkypeもあるんですから。
そしてもうひとつ。祖父が小学校から親元を離れて、勉強をしていたことも大きかったです。自分自身が小学校も卒業せずに仕事をして家族を支えていた曾祖父は、一人息子であった祖父を厳しく育てる為に、神戸の私塾に預けました。
そういう子どもの育て方もあるということは、私の中でも自分の意思決定を正当化する助けになったと思います。
人生の選択に正解がないのと同じで、7年前の選択の是非についてはわかりません。
ただ、私の人生が、環境を受け入れながら、自分なりに選択して今があるのと同様に、彼もその環境を受け入れながら、自分の人生を選択していくんだと思います。
私が海外での事業に興味を持ったのも、実は息子の留学がきっかけでした。それまで国内での事業や世界に満足していた私が、子どもが外に飛び出したことで、視野が広がったのは、想定外の副産物でした。
私自身も環境を受け入れ、その中でまた、新しい選択をしたんですね。
私の知らない世界を生きる息子が、自分の環境に感謝し、世の中のお役に立てる人間になりますように。母としての願いです。

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