10年を振り返って

8歳の夏からサマースクールに参加し、9歳の誕生日当日に、入寮した息子。
お互い、寂しさと不安を我慢しながら、学校で別れた日のことを、今でもはっきりと思い出します。

教育の選択肢として全寮制の学校があるということを教えてくれたのは、海外の友人ファミリーでした。彼ら自身が学んだスイスの学校に、自分の子どもを入れる予定だという話を聞き、初めて、そのような教育の選択肢があることに気がついたのです。

親として、子育てに自信を持っている人は、少ないと思います。
特に、自分の人生を生きるのに精一杯の私たちにとって、子どもの未来を見据えた教育が本当にできるのかどうか。

全寮制の学校への進学を決意するまでは、時間的にも、精神的にも、もっと子どもにしてあげることができるのではないかと、自責の念に悩まされた毎日でした。また、夫との教育に関する意見の相違は、夫婦だけでなく、子どもにとっても、不安だったと思います。

何事にもプロがいる。仕事なら、プロにお願いすることを、なぜ教育でしないのか。夫婦で決めました。

低年齢からの留学というと、子どもがかわいそう、という声が聞こえて、そのことで、また責められているような気になったこともありました。

それでも、学校を信じて、息子を信じて、そして、私たち自身の決断を信じるしかありませんでした。

学校では、私たちでは到底、経験させてあげることのできなかいような、様々な体験を用意してくれていることに驚きました。
学校でのいたずらや、友だちとの喧嘩なども通じて、のびのびとしている息子の様子を知ると同時に、遅まきながら、小さな息子が、親の機嫌を伺いながら、いろんなことを我慢していたことに気づきました。

庇護してもらう必要のある保護者の前では、子どもは本当の自分を見せることはないという、ある方の言葉を思い出します。

もちろん、日本人として必要な知識や教養は大丈夫だったのかというご質問もいただきました。正直、日本で育っている同級生たちと比べて、漢字も、敬語も不足していることは否めませんが、一方で、学校では子どもたちに、自国の「小さな大使」として振る舞うよう教育されていました。自国に対する愛情や、自国を理解し、友人たちに伝えたいという思いは、人一倍強いと思います。

卒業旅行で、様々な国籍の同級生が15人、東京に立ち寄ってくれた時に、この子たちの、国籍を越えた友情が何ものにも変えられない財産だと、本当に感じました。

人生100年時代。この10年を糧に、息子も私たちも、まだまだ学びは続きます。
私たちとは違う場所で、違うネットワークを持つ息子からの学びは、今までも、これからも、変わらずに、私たちに多くの気づきを与えてくれると思います。

離れていても、離れているからこそ、家族の絆を感じる。
次の10年、私たち家族はどんな形になっていっているのか。手探りでまた、新しい一歩を踏み出したいと思います。

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