40年前の記憶〜ベトナムとのご縁

今日から始まるWorld Economic Forum のアセアン会議に参加するためハノイに来ました。2度目のベトナムです。
私が初めてベトナムという国を知ったのは、10歳の頃。当時、みろくの里でベトナム難民の受け入れをしていたのです。

難民として日本に来た大勢のベトナム人。家族連れも多く、同じ年くらいの子どもたちとバスケットをしたことを覚えています。

施設の一部を難民のために提供していたということは知っていましたが、このことに興味を持ったのは、数年前です。グループ報のために資料を探していた時に、「ぬまくま救援センター17年の歩み」という冊子と、当時の新聞の切り抜きなどを見つけてその概要を知りました。

1994年当時の新聞によると、昭和52年9月から平成6年3月に閉所するまで、実に17年。日本赤十字社広島県支部の所管として、のべ1001人もの難民を収容してきたとありました。

広島の田舎で、文化の違いもあったりして、いいことばかりではなかったようですが、施設運営に関わった方々はもちろん、地域の方々の温かい気持ちで、17年もの長期にわたって施設が運営されていたことを知り、胸が熱くなりました。

今回、ふと思いついてインターネットで検索をしてみると、堀江広美さんのFacebookの投稿をみつけました。

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そして堀江さんが「ぬまくま救援センター」の所長だった黒川さんのことをお話ししている動画を見つけたのです!

当時、ここにいたベトナムの方々を追いかけて取材をしていらっしゃった方がいるということに驚きました。そして、巣立っていった方々が、この地を訪れてくれているということも。

思い返せば、ゼノ・ゼブロフスキー牧師とのご縁で、知的障害児のための施設を沼隈町に設立する支援をした祖父。現在のゼノ少年牧場の建設には、父や叔父たちも一緒に関わったと聞いています。そして、このベトナム難民の受け入れ施設の提供。

私の社会との関わり方は、祖父や父から受け継いだのだと改めて思います。
世の中が、少しでもよくなるために、自分のできることを精一杯。祖父に恥じないように、生きたいものです。

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